第1章「経営」をもう少し深く学ぶ
―経営学は「会社を経営すること」をどのように考えてきたのか―

『社長検定試験 公式テキスト』の第1章「経営」では、経営理念や経営ビジョンから始まり、経営戦略、経営環境分析、経営計画、事業承継、組織風土まで、企業を経営するうえで必要となるさまざまな考え方を学びますが、ここでは、それぞれの用語や分析方法について詳しく説明することはしません。それらについては、ぜひ公式テキストを読んで学んでください。このページで考えてみたいのは、その一歩手前にある次の問いです。

「なぜ、社長になるために、このようなことを学ぶ必要があるのか?」
「一見するとバラバラなこれらの理論やフレームワークは、どのようにつながっているのか?」

経営学の歴史を少し振り返りながら、第1章を読み解くための「見取り図」を描いてみたいと思います。

経営戦略論が生まれた背景

企業は、今日の仕事をうまくこなすだけでは存続できません。将来どのような会社になりたいのか。そのために、限られた人材、資金、設備、技術などをどこに投入するのか。そして、変化する市場や社会とどのように向き合うのか。経営者には、現在の業務を管理することとは異なる、将来を見据えた意思決定が求められます。こうした問題を経営学の重要な研究対象として明確にしたのが、1960年代に登場した経営戦略論でした。公式テキストでは、その初期の代表的な研究者として、アルフレッド・D・チャンドラー(Alfred D. Chandler, Jr.)とH・イゴール・アンゾフ(H. Igor Ansoff)を紹介しています。この二人の研究者には、少し意外なエピソードがあります。

チャンドラーが経営史の研究へ進むきっかけは、少し意外な場所にありました。博士論文のテーマを探していたころ、親族の家の物置を片づけていて、曽祖父ヘンリー・ヴァーナム・プアが残した膨大な資料を偶然見つけたのです。プアは、19世紀のアメリカで鉄道会社の事業や財務を分析した人物で、あのスタンダード&プアーズの源流に名を残しています。家の物置から、企業研究の宝の山が出てきたわけです。

チャンドラーは、この資料をもとに博士論文を書き、鉄道会社が成長する過程で、どのように組織や管理の仕組みを整えてきたのかを研究しました。その問いは、やがて代表作『組織は戦略に従う』へとつながっていきます。この書名は、社長にとっても示唆的です。会社が新しい方向へ進もうとするなら、それに合わせて組織や仕事の分担も見直す必要がある。方針だけを新しくしても、会社の動かし方が昔のままでは、実現は難しいからです。物置で見つけた古い資料が、「会社の未来に合わせて、今の組織をどう変えるか」という、今日の経営にも通じる問いを考える入口になったのです。

      

Alfred D. Chandler, Jr.         H. Igor Ansoff

一方、「戦略経営の父」と称されるアンゾフにも、味わい深い転機があります。ロッキードで戦略計画に携わっていた彼は、1962年、ケープコッドで休暇を過ごしていたある朝、ひげを剃りながら、残りの人生をこのまま企業で過ごしてよいのかと自問しました。会社の将来を考える専門家が、鏡の前で自分の将来を問い直したのです。

この転機を経て、アンゾフはカーネギ工科大学(現在のカーネギーメロン大学)へ移り、実務経験を踏まえた名著『企業戦略論』を1965年に出版しました。日々の計画管理に追われる立場から離れ、戦略について考え、その考え方を広く伝える道を選んだわけです。

社長にも、似たところがあるのではないでしょうか。目の前の仕事は、次々に判断を求めてきます。しかし、「忙しく働いていること」と「望む将来へ進んでいること」は、必ずしも同じではありません。ときには日常から少し離れ、「この会社を、これからどこへ向かわせたいのか」と問い直す。アンゾフの逸話は、経営戦略を学ぶ意味を、そんな身近な問いから考えさせてくれます。

会社の「外」を見ることの意義-よい戦略はお客様を不満にさせる?

「お客様に満足してもらうことが大切だ」と考える社長にとって、少し気になる言葉があります。競争戦略論で知られるマイケル・E・ポーター(Michael E. Porter)は、よい戦略のしるしとして、「一部の顧客を不満にさせる」という趣旨のことを述べています。顧客満足を目指すはずの会社が、なぜ顧客を不満にさせるのでしょうか。



Michael E. Porter

たとえば、飛行機の乗客を考えてみたいと思います。飛行機の中で食事を楽しみたい人もいれば、食事はなくても安く移動できればよいという人もいます。機内食にはコストがかかるので、その分チケット代にも反映されます。すべての要望に応えようとすると、安さを求める人にとっての魅力が失われてしまうこともあるのです。ある顧客にとって魅力的な会社になるためには、別の顧客の要望には応えないという選択も必要になります。「何でもできます」「どなたにも満足していただけます」は親切な言葉ですが、会社の力を分散させてしまうかもしれません。

だからこそ、社長は会社の外を見る必要があります。顧客は何を求めているのか。競争相手はどのような価値を提供しているのか。自社が属する業界はどう変わっているのか。新しい競争相手が現れる可能性はないのか。さらに、社会、経済、技術はどのように変化しているのか。その中で、自社は誰に、どのような価値を届ける会社になるのか。競争戦略を考えることは、限られた経営資源をどこに集中するかを考えることでもあります。

第1章に登場するPEST分析、3C分析、5フォース分析などは、こうした「会社の外で何が起きているのか」を考えるための道具です。詳しい使い方は公式テキストに委ねますが、これらを学ぶ理由は共通しています。自社の努力だけを見ていては、その努力が顧客に求められ、競争の中で生きるものなのかを判断できないからです。

ここで覚えておいてほしいのは、「自社の能力を高めること」と「どのような競争環境で事業を行うかを考えること」は、同じ問題ではないということです。だから経営者は、自社のことだけを見ていてはいけないのです。

でも、会社の「内」を見ることも大切だ

コピー機とカメラは、使う場所も目的も違います。しかし、会社の内側から見ると、意外なつながりがあります。コア・コンピタンス論を打ち出したゲイリー・ハメル(Gary Hamel)とC・K・プラハラード(C. K. Prahalad)は、キヤノンがマイクロプロセッサーで制御するコピー機を開発する際、同様の技術をカメラで培っていた部門の力を借りたという話を紹介しています。カメラのために育てた能力が、別の事業でも役立ったのです。



Gary Hamel       C. K. Prahalad

商品だけを見れば、コピー機はコピー機、カメラはカメラです。しかし、その下には、技術や経験、人の連携といった共通の土台があります。「自社は何を売っている会社か」と「自社は何ができる会社か」では、見えてくる将来の可能性が違うのです。

公式テキストに登場するコア・コンピタンスを学ぶ意味は、この違いに気づくことにあります。今の商品を支えている能力は何か。それは、別の顧客や新しい事業にも生かせないか。社長が会社の内を見るのは、現在の成績を確かめるだけでなく、まだ使い切っていない可能性を見つけるためでもあります。

このように、会社の内側にある資源や能力から競争力を考えるのが、資源ベース理論(RBV)です。その代表的な研究者であるジェイ・B・バーニー(Jay B. Barney)が論じたのは、企業が持つ資源が、どのような条件で持続的な競争優位につながるのかという問題でした。この視点に立つと、長年のノウハウや顧客との信頼、社員同士の連携も、会社の実力を支える重要な資源として見えてきます。設備は購入できても、それを使いこなす経験や、困ったときに助け合える関係まで、一緒に買えるわけではないのです。



Jay B. Barney

ただし、得意なことがあっても、それを求める顧客がいなければ事業にはなりません。会社の外にある機会と、内部にある経営資源を結びつける。そのために、外部環境分析と内部環境分析の両方を学ぶのです。SWOT分析やクロスSWOT分析も、このつながりを考える道具として読むと、役割が見えてきます。

「すごい技術」が、そのまま「よい事業」になるとは限らない

では、会社の内に優れた能力があれば、成功できるのでしょうか。ここで考えてみたいのが、ゼロックスの研究所で生まれた技術の話です。経営学者のヘンリー・W・チェスブロウ(Henry W. Chesbrough)は、社内では採用されなかった研究プロジェクトの中に、社外へ出て、ゼロックスとは異なるビジネスモデルのもとで大きな価値を生んだものがあったと指摘しています。



Henry W. Chesbrough

技術がなかったのではありません。技術は、すでに会社の中にありました。それでも、その可能性を事業として生かすには、別の仕組みが必要だったのです。これは、「よいものを作れば、いつか売れる」と考えたくなる社長にとって、気になる話ではないでしょうか。

優れた技術や人材は、大切な出発点です。しかし、誰のどのような困りごとに役立て、どのように届け、どのように事業として成り立たせるのかまで考えなければ、その強みは十分に生きません。同じ技術でも、それを組み込む仕組みによって、顧客にとっての意味も、会社にとっての成果も変わります。

第1章でビジネスモデルを学ぶのは、この「強みを価値に変える仕組み」を考えるためです。「自社の強みは何か」で立ち止まらず、「その強みは、どのように顧客の役に立っているのか」まで問う。社長には、個々の資源の優秀さだけでなく、それらが会社全体の仕組みの中で生きているかを見極める力が求められるのです。

「品質第一」というスローガンを掲げるだけでは、品質はよくならない

トヨタとゼネラル・モーターズ(GM)の合弁工場NUMMIで、生産の仕組みを整える際、こんなやり取りがあったといいます。問題を見つけた作業者が、生産ラインを止められる仕組みに対して、GM側の一部の関係者が疑問を示しました。トヨタ側は、問題があれば止めることを、作業者の役割として考えていました。

どちらも、品質のよい車を作りたいという点では同じだったはずです。しかし、問題を見つけたときに、社員がどう行動するべきかという考え方は違っていました。「品質第一」というスローガンだけでは、この違いは埋まりません。

もちろん、社員に「問題があれば知らせてほしい」と言うだけでも不十分です。実際に知らせたとき、上司は助けに来るのか。それとも、生産を遅らせたことを責めるのか。その経験の積み重ねによって、社員は、問題を表に出すべきか、黙っていたほうがよいかを学んでいきます。組織風土と密接に関わる組織文化の研究で知られるエドガー・H・シャイン(Edgar H. Schein)の考え方に照らせば、こうして共有される「この会社では、こうするものだ」という理解が、組織文化の深い部分を形づくります。社長が掲げた方針よりも、問題を報告したときの上司の反応のほうが、社員には雄弁に会社の考え方を伝えることがあるのです。



Edgar H. Schein

ここに、戦略をつくることと、会社を動かすことの違いがあります。会社が目指す方向を、具体的な計画や仕事の分担に落とし込み、社員が行動できるようにする。そして、その行動を支える日々の対応や習慣を育てていく必要があります。

第1章の後半で経営計画と組織風土を学ぶのは、このためです。変化や挑戦を求めるなら、挑戦した人にどう接するのか。失敗から学びたいなら、失敗を報告した人にどう応えるのか。社長の方針は、言葉だけでなく、会社の中で繰り返される行動を通じて伝わります。戦略を実行する力は、その日々の積み重ねの中にあるのです。

会社を大きくするには、社長が全部決めないことも必要になる

松下幸之助は、1933年に事業部制を導入しました。前年の時点で、松下電器はすでに1,200人を超える従業員と、200種類を超える製品を抱えていました。そこで、製品ごとに事業を分け、それぞれが自主的に経営する仕組みをつくったのです。



松下幸之助

その目的には、自主的な経営を進めることに加えて、経営を担える人を育てることがありました。仕事を分けるだけでなく、経営する経験も分ける。創業者一人の力で会社を動かす段階から、経営を担う人を増やす段階へ進もうとしたわけです。

社長がすべてを把握し、すべてを決める方法には、安心感があります。しかし、会社が成長すれば、社長の判断を待つ仕事も増えます。頼りになる社長が、いつの間にか、会社の動きを遅くする原因になってしまうこともあるのです。

第1章の最後に登場するラリー・E・グレイナー(Larry E. Greiner)の企業成長モデルは、成長に伴って、これまで有効だった経営の仕組みが壁になることを考える手がかりです。社長がもっと忙しく働くだけでは、その壁を越えられないかもしれません。自分で判断する力に加えて、他の人が判断できるようにする力が必要になります。



Larry E. Greiner

ただし、単に仕事を任せれば自然にうまくいくわけではありません。何を目指し、何を大切に判断するのかを共有し、任された人が育つ仕組みをつくる必要があります。そのためには、経営理念や組織風土も重要になります。そして、社長以外の人が経営を担える会社をつくることは、事業承継の土台にもなります。自分がいる間に会社を成長させることと、自分がいなくても会社が続くようにすること。社長の仕事には、その両方があるのです。

第1章の「理解への見取り図」

ここまで見てくると、第1章に登場するさまざまな概念が、ばらばらの知識ではないことが分かります。

企業は何のために存在するのか
(経営理念)
↓
どのような会社になりたいのか
(経営ビジョン)
↓
会社の外では何が起きているのか
(外部環境)
↓
会社の中には何があるのか
(経営資源・組織能力)
↓
どの方向へ進むのか
(経営戦略)
↓
資源をどのように顧客価値へ変えるのか
(ビジネスモデル)
↓
戦略をどのように具体化するのか
(経営計画)
↓
人が行動できる組織をどのようにつくるのか
(組織風土)
↓
会社をどのように次の世代へつなぐのか
(事業承継)

この「見取り図」を頭の片隅に置きながら、改めて公式テキスト第1章を読んでみてください。3C、PEST、5フォース、SWOT、アンゾフの成長戦略、PPMなど、個別には別々に見えていた理論やフレームワークが、「企業を持続的に経営するために、経営者は何を考えなければならないのか」という一つの問いの中でつながって見えてくるのではないでしょうか。

社長を目指す人に考えてほしいこと

経営学の理論やフレームワークは、会社経営の「正解」を教えてくれるものではありません。経営者が置かれている状況は一社一社異なりますし、経営環境も変化し続けます。だからこそ、経営者に必要なのは、フレームワークの名前をたくさん知っていることではなく、「いま自分は何を考えなければならないのか」を適切に問い直す力なのだと思います。

公式テキスト第1章に登場するさまざまな理論やフレームワークを、ぜひそのための「考える道具」として学んでみてください。