第3章「中小企業のリスク管理」をもう少し深く学ぶ
―会社を成長させることと、会社を続けられることはどうつながるのか―

会社を成長させるためには、新しい商品をつくり、取引を広げ、人を採用することが必要です。しかし、その活動の中には、会社の存続を脅かす可能性もあります。商品が事故を起こす。売上代金が回収できない。重要な情報が失われる。災害で事業が止まる。従業員が健康を損なう。順調に見える会社でも、こうした問題によって経営が立ち行かなくなることがあります。

第1章では会社をどこへ導くかを、第2章ではその会社を動かす人とどう向き合うかを考えました。第3章は、「その会社を、どうすれば続けていけるのか」を考える章として読むことができます。

リスク管理というと、事故を防ぐための点検や、万一に備える保険を思い浮かべるかもしれません。しかし、社長に求められるのは、それらの手続だけではありません。何が事業を脅かすのかを認識し、何を優先して守り、問題が起きたときにどう判断するかを、あらかじめ考えることです。

ここでは、製造物責任の法律上の要件、与信調査の方法、情報セキュリティ対策などを詳しく説明することはしません。それらは公式テキストで学んでください。このページでは、「一見すると異なるリスクを、なぜ社長がまとめて考える必要があるのか」という問いから、第3章を読むための「見取り図」を描いてみたいと思います。

リスク管理は「何もしないこと」ではない

失敗する可能性のあることをすべて避ければ、会社は安全になるのでしょうか。新しい商品を開発しない。新しい取引先を増やさない。情報システムを使わない。それでは、事業を発展させる機会も失ってしまいます。

経営学者のピーター・ドラッカー(Peter F. Drucker)は、事業にはリスクが伴うことを前提に、重要なのはリスクをなくすことではなく、どのようなリスクを引き受けるかを判断することだと論じています。この視点に立てば、リスク管理は「危険なことをすべてやめること」とは違って見えてきます。



Peter F. Drucker

経営におけるリスク管理は、単に危険を排除することではありません。事業の目的を実現するために、どのようなリスクにどう対応し、どこまで引き受けるのかを考えることも、その重要な役割です。

公式テキストでは、リスクを特定し、分析・評価したうえで、回避、低減、移転、受容などの対応を検討する考え方が紹介されています。それぞれの方法はテキストで確認してください。大切なのは、「危険だからやめる」「大丈夫だろうから進める」という二択ではなく、リスクを認識したうえで判断することなのです。

限られた資源で、何を優先して守るのか

中小企業では、人材、資金、時間に限りがあります。すべてのリスクに同じだけの対策を講じることはできません。一方で、資金や人員に余裕がないからこそ、一度の事故や取引先の倒産が、事業継続を難しくすることもあります。

不確実性やリスクについて論じてきたナシーム・ニコラス・タレブ(Nassim Nicholas Taleb)は、過去の経験から予測することが難しく、ひとたび起きれば大きな影響をもたらす出来事を「ブラック・スワン」という言葉で論じました。「これまで起きなかった」という事実だけで、「これからも起きない」とは言えません。タレブの議論が示唆するのは、過去に起きたことだけを材料にして、将来のすべてを想定することには限界があるということです。



Nassim Nicholas Taleb

もちろん、すべてのリスクが予測不能なわけではありません。日常的に想定できるリスクについては、「発生する可能性」と「発生した場合の影響」を分けて評価することが、限られた経営資源をどこに配分するかを考える手がかりになります。

公式テキストに登場するリスク評価や与信限度額も、この文脈で理解できます。どこに資源を優先投入し、どの程度の負担までなら引き受けられるのか。これは第1章で考えた経営資源の配分ともつながる、社長自身の重要な経営判断です。

製品安全は「責任を問われないこと」だけが目的ではない

製造物責任という言葉から、事故が起きた場合の賠償問題を思い浮かべるかもしれません。しかし、公式テキストは、責任を負わないことに終始するのではなく、製品事故の防止に努める姿勢を重視しています。

品質管理の発展に大きな影響を与えたW・エドワーズ・デミング(W. Edwards Deming)は、品質を最終的な検査だけの問題としてではなく、経営や仕事の仕組み全体に関わる問題として捉えました。デミングの議論を製品安全そのものの理論として読む必要はありません。しかし、品質を最終検査だけの問題ではなく、仕事の仕組み全体に関わる問題として考える視点は、製品事故を防ぐうえでも参考になります。



W. Edwards Deming

事故が起きてから責任の所在を考えるだけでなく、設計、製造、販売、その後の情報収集まで含めて、事故を防ぐ仕組みを考える必要があります。性能や価格が優れていても、安心して使えなければ、顧客にとっての価値は損なわれます。製品安全は、法令順守のためだけの問題ではなく、顧客にどのような価値を届けるかという経営の問題でもあるのです。

だからこそ、社長には不具合を防ぐ仕組みをつくるだけでなく、現場で起きた不具合やヒヤリハットの情報が隠されずに素早く届き、必要な対応をとれる体制を整えることが求められます。「売ったら終わり」ではなく、その後の使用や対応にも目を向けることが、顧客からの信頼を支えることにもつながります。

「売れたこと」と「お金が入ること」は違う

売上が増えているのに、手元のお金が足りない。こうしたことは、なぜ起きるのでしょうか。商品やサービスを提供する時点と、代金を受け取る時点が異なる取引では、その間に会社が資金を負担するからです。さらに、代金が予定どおりに入るとは限りません。

公式テキストでは、与信管理と債権管理を、売掛債権のリスクを管理する「車の両輪」として説明しています。取引先の信用力を見極めて取引の範囲を決めることと、取引後の代金を確実に回収することは、地続きの問題なのです。

ここで少し見方を変えてみましょう。商品を先に渡し、代金を後で受け取る掛取引では、売り手は買い手に「信用」を与えていると考えることができます。経済学者のミッチェル・A・ピーターセン(Mitchell A. Petersen)とラグラム・G・ラジャン(Raghuram G. Rajan)は、こうした企業間信用(trade credit)を研究し、売り手が日常の取引を通じて買い手についての情報を得られることに注目しました。注文の量や時期、支払いの遅れなど、実際に取引をしているからこそ気づける変化があります。

     

Mitchell A. Petersen                Raghuram G. Rajan

ここで大切なのは、売上を伸ばす判断と、資金を守る判断を切り離さないことです。営業担当者が取引先から得る情報と、経理・管理部門が把握する入金や債権の情報を結びつけることで、問題の兆候に早く気づけることもあります。

取引を増やすことは会社の成長につながります。しかし、掛取引を増やすことは同時に、「代金を回収できないかもしれない」というリスクを引き受けることでもあります。どの取引先に、どこまで信用を与えるのか。与信管理は、単なる経理上の手続ではなく、売上とリスクのバランスを考える経営判断でもあるのです。

情報セキュリティは「パソコンの問題」ではない

情報セキュリティというと、詳しい担当者や外部の業者に任せる技術的な問題だと考えがちです。しかし、守るべきものは機器やシステムそのものだけではありません。顧客情報、設計データ、業務の記録など、会社が仕事をするために必要な情報と、その情報を預けてくれた人々との「信頼」も守る必要があります。

情報を守るということは、秘密を守ること(機密性)だけではありません。情報が正確で、勝手に改変されていない状態を保つこと(完全性)、必要なときに利用できる状態を保つこと(可用性)も重要です。情報が漏洩していなくても、必要なデータが消失したり、改ざんされたり、システムが停止したりすれば、事業に大きな影響が及びます。情報セキュリティは、事業継続とも深く関わる問題なのです。

セキュリティ研究者のブルース・シュナイアー(Bruce Schneier)は、セキュリティを特定の製品を導入すれば完成するものではなく、継続的なプロセスとして考えることの重要性を論じています。どれほど高度なシステムを導入しても、それを扱う人や運用のルールが伴わなければ、十分な対策にはなりません。



Bruce Schneier

公式テキストが技術的対策と人的対策を組み合わせているのも、そのためです。何が自社にとって重要な情報で、誰が扱い、それが失われたら何が止まるのか。個々の技術的な設定は専門家に任せても、何を優先して守り、どのようなルールで情報を扱うのかを決めることは、社長自身が関わるべき経営課題なのです。

「被害を防ぐこと」から「事業を続けること」へ

災害への備えというと、建物や設備を守る対策を思い浮かべるでしょう。しかし、自社の建物が無事であっても、従業員が出勤できない、仕入先から部品が届かない、通信が停止するといった状況では、仕事を続けられません。あらゆる被害をあらかじめ完璧に防ぐことには限界があります。

政治学者のアーロン・ワイルダフスキー(Aaron Wildavsky)は、安全を考える二つの方向として、想定される危険をあらかじめ防ごうとするアンティシペーション(予防)と、予期しなかった事態にも対応できる力を高めるレジリエンス(回復・適応する力)を対比しました。予測できる危険に備えることと、すべてを予測できないことを前提に、予期しなかった事態にも対応できるようにしておくこと。この区別は、現在の事業継続を考えるうえでも示唆的です。



Aaron Wildavsky

ここで重要になるのが、事業継続計画(BCP)という考え方です。公式テキストでは、緊急事態の際に中核となる事業を継続し、早期に復旧するための備えとして紹介されています。具体的な策定方法や、事業継続力強化計画についてはテキストで学んでください。

社長が考えるべきなのは、「すべてを守り、すべてをすぐ元通りにする」ことだけではなく、「何を優先して続け、何を先に復旧させるか」という判断です。事業を支える人、設備、資金、情報、そして取引先とのつながりを多角的に捉え直し、優先順位をあらかじめ考えておくことも、事業を立て直す力を高めるための重要な経営判断です。

会社を支える人を守り、「悪い知らせ」が届く組織をつくる

第3章の最後に健康経営が置かれているのは、なぜでしょうか。従業員の健康は、第2章の人事・労務だけの問題ではなく、事業を支える力そのものにも関わるからです。出勤していても体調が悪く、十分に力を発揮できない状態(プレゼンティズム)は、目に見えにくい形で企業の生産性にも影響します。

心理学者ロバート・H・ローゼン(Robert H. Rosen)は、「ヘルシー・カンパニー」という考え方を通じて、働く人の健康と組織のあり方を結びつけて考えました。公式テキストが健康への取組みを単なる「費用」ではなく「将来への投資」と捉えているのも、働く人の健康を支えることが、事業を安定して続けるための条件の一つでもあるからです。



Robert H. Rosen

そして、章全体を通じて重要なのが、こうした体調の変化や業務上の問題を隠さず伝えられる組織風土です。製品の不具合、支払いの遅れ、情報管理の不備、従業員の体調の変化。こうした情報が社長に届かなければ、必要な対応を始めることができません。リスク管理では、問題を起こさないことだけでなく、問題の兆候を早く知ることも重要です。

第1章で考えた組織風土や、第2章で考えた相談しやすい職場も、ここでリスク管理につながります。悪い知らせを隠さなくてもよい会社になっているか。耳の痛い情報が社長まで届く仕組みになっているか。そして、悪い知らせを伝えた人が責められるのではなく、その情報を次の行動に生かせるか。悪い知らせに耳を傾けることも、社長の重要な仕事です。

第3章の「理解への見取り図」

第3章に登場する問題を、経営者が考えるべき問いとして整理すると、次のようなつながりが見えてきます。

会社は何を実現しようとしているのか
(経営理念・戦略)
↓
その活動には、どのようなリスクがあるのか
(リスクの認識・評価)
↓
何を優先して守るのか
(顧客の安全・資金・情報・人)
↓
問題を防ぎ、兆候に気づけるか
(管理の仕組み・情報共有・組織風土)
↓
起きてしまったとき、どう対応するのか
(初動・被害拡大の防止)
↓
何を続け、どう立て直すのか
(事業継続・復旧・社外との連携)
↓
経験を次の備えに生かせるか
(見直し・継続的改善)

この「見取り図」を頭の片隅に置きながら、改めて公式テキストを読んでみてください。製造物責任、与信管理、債権管理、情報セキュリティ、災害対応、健康経営など、別々に見えていた知識が、「会社を続けるために、何を守り、どう備えるか」という一つの経営問題の中でつながって見えてくるのではないでしょうか。

社長を目指す人に考えてほしいこと

リスク管理は、不安を増やすためのものでも、リスクのあることをすべて避けるためのものでもありません。何が会社を脅かすのかを知り、どこまでリスクを引き受け、何に備えるのかを考えることで、事業に取り組むための判断の土台をつくるものです。

すべてを予測し、すべての問題を防ぐことはできません。だからこそ、予防するだけでなく、問題の兆候に早く気づき、起きてしまったときには対応し、その後に事業を立て直す力も必要です。専門家や取引先の力を借りながら、その仕組みを整えることが社長に求められます。

会社の将来を構想することと、その将来まで会社を続けられるようにすることは、どちらも経営者の仕事です。公式テキスト第3章を、ぜひ、その両方を結びつけて考えるために読んでみてください。