第5章「社会環境経営」をもう少し深く学ぶ
―会社の利益と、社会の持続可能性をどう結びつけるのか―

会社が利益を上げ、事業を続けていくことは重要です。しかし、その利益が、環境を傷つけたり、働く人や地域社会に無理を負わせたりすることで生まれていたとしたら、その経営を長く続けられるでしょうか。

第4章では、会社の現状と将来を数字で捉えることを考えました。第5章の「社会環境経営」は、その視野を、会社と環境・社会との関係へ広げる章です。会社の中の数字だけでは見えにくい影響や、将来の事業を支える条件にも目を向けます。

SDGsやESGという言葉から、社会貢献活動や、大企業が作る報告書を思い浮かべるかもしれません。しかし、環境や社会に関する問題は、原材料の調達、製造、働き方、取引、資金調達など、日々の企業活動と結びついています。中小企業にとっても、本業とは別の話ではありません。

ここでは、国際規格や開示基準の詳しい内容、排出量の計算方法などは説明しません。それらは公式テキストで学んでください。このページでは、「なぜ、社長は会社の利益だけでなく、環境や社会との関係を考える必要があるのか」という問いから、第5章を読むための「見取り図」を描いてみたいと思います。

会社が続くことと、社会が続くことはつながっている

会社は、それだけで独立して存在しているわけではありません。自然から資源やエネルギーを得て、人に働いてもらい、社会の制度や地域の基盤を利用して事業を行っています。これらが損なわれれば、会社の活動も成り立たなくなります。

ノーベル賞を受賞した政治経済学者のエリノア・オストロム(Elinor Ostrom)は、森林や漁場などの共有資源(コモンズ)が、国家による管理か私有化かという二つの方法だけでなく、利用する人々自身がルールをつくり、協力することによって持続的に管理されうることを示しました。彼女の研究は、多くの人が利用する限りある資源を、どのようなルールと協力によって将来へ残していくかという問題を考える重要な手がかりを与えてくれます。



Elinor Ostrom

企業もまた、自然環境や地域社会から切り離されて存在しているわけではありません。公式テキストは、持続可能な開発という考え方の背景を紹介しています。そこには、現在の豊かさを求めることと、将来の世代が生きていくための条件を守ることを、どう両立させるかという問題があります。

これは、企業に利益を諦めるよう求める話ではありません。利益を生み出す活動が、その活動を支える環境や社会を損なっていないかを問い直すことです。第1章で考えた「会社は何のために存在するのか」という問いも、社会との関係から改めて考える必要があるのです。

会社の費用に表れなくても、負担は生じている

会社の会計上は利益が出ていても、その活動によって、会社の外で負担が生じていることがあります。たとえば、環境の汚染によって地域の人々の生活や健康が損なわれても、その影響が会社の費用に十分反映されるとは限りません。

イギリスの経済学者アーサー・セシル・ピグー(Arthur Cecil Pigou)は、企業や個人の経済活動が第三者に与える影響が、市場での費用や便益に十分反映されない問題を論じました。たとえば環境汚染によって社会に負担が生じても、その負担を汚染を生じさせた企業がすべて負担するとは限りません。こうした外部不経済に対して、税などを通じて社会的な費用を経済活動を行う主体の判断に反映させるという考え方にも、ピグーの議論はつながっています。



Arthur Cecil Pigou

公式テキストでは、こうした問題を「外部不経済」や「社会的費用」という考え方から説明しています。ここで大切なのは、会社が支払っている費用と、その活動によって社会全体に生じている負担は、必ずしも同じではないということです。

第4章で学んだ数字を見る力は重要です。しかし、帳簿に載っていないから影響がないとはいえません。何を使い、何を排出し、誰に影響を与えているか。社長には、会社の中だけでなく、その外にも視野を広げて経営を考えることが求められます。

環境への配慮を、日々の仕事の改善へつなぐ

環境への配慮というと、費用や手間が増えると考えられがちです。実際、設備や仕組みの見直しには負担が伴います。しかし、資源やエネルギーの使い方を見直すことが、無駄を減らし、経営の改善につながる場合もあります。

第4章でも登場したドイツの環境経営学者ベルント・ワグナー(Bernd Wagner)らは、企業活動における物質の流れを物量とコストの両面から捉え、環境負荷の低減と経営改善を結びつける研究を進めました。こうした研究は、マテリアルフローコスト会計(MFCA)の発展にもつながっています。



Bernd Wagner

この考え方に立てば、廃棄物は単なる「処分すべきゴミ」ではありません。そこには、使われずに失われた材料だけでなく、それまでに投入された加工費やエネルギーなども含まれています。こうした損失を物量と金額の両面から見えるようにすることで、改善すべき場所に気づくことができます。

公式テキストでは、環境マネジメントシステム(EMS)や、環境会計、マテリアルフローコスト会計(MFCA)が紹介されています。個々の仕組みはテキストで学んでください。共通しているのは、環境への影響を把握し、仕事の進め方を継続的に改善するという考え方です。

第4章で見た「金額の背後にある物量を見る」という視点が、ここでは環境負荷の低減と結びつきます。環境と経済が常に両立するとは限りませんが、その接点を探り、より少ない資源やエネルギーで価値を生み出す方法を考えることも、社長の経営判断になるのです。

「社会」の問題は、寄付や地域貢献だけではない

社会に配慮する経営というと、寄付や地域活動への参加を思い浮かべるかもしれません。それらも意義のある取組みですが、会社の中で人がどのように扱われているか、顧客や取引先とどのような関係を築いているかも、社会との関係を考える重要な問題です。

経営学者のR・エドワード・フリーマン(R. Edward Freeman)が提唱した「ステークホルダー理論」は、企業経営を株主だけとの関係から捉えるのではなく、従業員、顧客、取引先、地域社会など、企業の活動に影響を与え、またその活動から影響を受けるさまざまな主体との関係から考える視点を示しました。



R. Edward Freeman

この視点に立てば、社会への配慮は、会社の外に向けた慈善活動だけの問題ではありません。従業員をどのように扱うのか。顧客にどのような商品やサービスを提供するのか。取引先とどのような関係を築くのか。こうした日々の経営そのものが、会社と社会との関係をつくっています。

公式テキストでは、従業員の安全や満足度、多様な人材の活躍、人権、取引先との関係、顧客の保護などが取り上げられています。第2章の人的資源管理や、第3章の製品安全・健康経営も、社会的なサステナビリティという視点から捉え直すことができます。

多様な人を採用するだけでは、その人たちが力を発揮できるとは限りません。働き方や役割、育成の機会などを整える必要があります。社会への配慮は、特別な活動を付け加えることだけでなく、日々の仕事や人との関係を見直すことでもあるのです。

利益が変わる前に、気づけることはあるか

売上や利益は、経営活動の重要な結果を示します。しかし、そこに変化が表れたときには、すでに問題が進んでいるかもしれません。顧客の不満、従業員の離職、業務の不具合などは、財務数値だけでは十分に捉えられないことがあります。

会計学者のロバート・S・キャプラン(Robert S. Kaplan)と経営コンサルタントのデイビッド・P・ノートン(David P. Norton)は、財務指標だけでは企業の将来を動かす要因を十分に捉えられないとして、財務の視点に加えて、顧客、内部業務プロセス、学習と成長という複数の視点から企業の業績を捉えるバランスト・スコアカード(BSC)を提示しました。

     

Robert S. Kaplan            David P. Norton

売上や利益だけでなく、顧客からどのように評価されているか、仕事の進め方に問題はないか、人や組織の能力は育っているかといった情報にも目を向けることで、将来の成果につながる変化に気づけることがあります。

公式テキストは、財務指標とともに、顧客満足度、離職率、環境負荷などの非財務指標を用いる意義を説明しています。第4章で考えた「数字の背後にある活動を見る」という視点が、ここでさらに広がります。

ただし、指標を増やせばよいわけではありません。何を実現するために測るのか、その変化をどう解釈し、どのような行動につなげるのかが重要です。また、ある指標が改善すれば必ず利益が増えるとも限りません。自社の戦略や状況を踏まえながら、判断に役立つ情報を選ぶ必要があります。

環境・社会の目標を、会社の戦略に組み込む

環境負荷を減らす。多様な人材が活躍できるようにする。こうした目標を掲げても、普段の評価や判断で重視されなければ、現場では後回しになってしまうかもしれません。

前節で見たバランスト・スコアカード(BSC)は、財務的な成果だけでなく、その成果を生み出す顧客、業務プロセス、学習と成長などを、戦略とのつながりから考える枠組みでした。では、そこに環境や社会に関する課題も組み込むことはできないでしょうか。

ドイツの環境経営学者であるフランク・フィッゲ(Frank Figge)やステファン・シャルテッガー(Stefan Schaltegger)らは、環境・社会に関する課題を企業の戦略的マネジメントに組み込み、それらが顧客、業務プロセス、組織の能力、そして経済的成果とどのようにつながりうるかを考える枠組みとして、サステナビリティ・バランスト・スコアカード(SBSC)を提示しました。

     

Frank Figge            Stefan Schaltegger

公式テキストは、バランスト・スコアカード(BSC)と、環境・社会の要素を組み込んだサステナビリティ・バランスト・スコアカード(SBSC)を紹介しています。詳しい構成や使い方はテキストで確認してください。ここで大切なのは、環境や社会に関する目標を並べるだけでなく、会社の戦略や従業員の行動とのつながりを考えることです。

どの取組みが、顧客への価値や業務の改善につながるのか。その実現には、どのような能力や仕組みが必要か。理念と経営戦略、そして現場の意思決定をひとつなぎにして考える必要があります。第1章の戦略、第2章の人材、第4章の業績管理が、ここで結びつきます。社会環境経営を、担当者だけの仕事にせず、会社全体の意思決定に組み込むことが求められるのです。

「取り組んでいる」と、根拠をもって説明できるか

会社の取組みを、社長が理解しているだけでは十分ではありません。取引先や金融機関などが、その会社を評価するためには、何に取り組み、どのような成果や課題があるかを知る必要があります。

ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・G・エクルズ(Robert G. Eccles)らは、企業報告や統合報告に関する研究を通じて、財務情報だけでなく、環境・社会などに関する非財務情報も関連づけながら、企業の業績や将来を捉えることの重要性を論じてきました。



Robert G. Eccles

公式テキストは、サステナビリティ情報の開示や、環境・社会の課題を考慮する金融の考え方を取り上げています。ここでは、制度名や細かな要件を覚える前に、なぜ財務情報だけでなく、環境や社会に関する情報も求められるのかを考えてみてください。会社の将来やリスクを理解するうえで、それらも重要な情報になるからです。

そして、何を開示するかという問題は、何を経営上重要な問題として認識しているかという問題でもあります。外部に説明するために初めて情報を集めるのではなく、経営に必要な情報を把握し、その中から社外の関係者にとって重要な情報を伝えるという視点が必要です。

また、会社は取引の連鎖の中にあります。自社だけでなく、調達先や販売先の活動も関係するため、大企業への情報開示要請が、取引を通じて中小企業に及ぶことがあります。「よい会社です」と伝えるだけでなく、実態と根拠を説明することが、第4章で考えた資金提供者との対話にもつながるのです。

第5章の「理解への見取り図」

第5章の知識を、経営者が考えるべき問いとして整理すると、次のようなつながりが見えてきます。

会社は、どのような環境や社会に支えられているか
(持続可能性)
↓
事業は、環境や社会にどのような影響を与えているか
(環境負荷・社会的費用・社会的責任)
↓
日々の活動を、どう改善できるか
(環境管理・資源の利用・人への配慮)
↓
何を測れば、変化や課題に気づけるか
(財務指標・非財務指標)
↓
会社の戦略と行動に、どう結びつけるか
(BSC・SBSC)
↓
取組みと成果を、根拠をもって説明できるか
(情報開示・取引先や金融機関との対話)
↓
会社の成長と、環境・社会の持続可能性をどう両立させるか
(持続可能な経営)

この「見取り図」を頭の片隅に置きながら、改めて公式テキストを読んでみてください。SDGs、ESG、環境会計、人的資本、非財務指標、情報開示など、別々に見えていた知識が、「会社の事業と、環境・社会の持続可能性をどう結びつけるか」という一つの問いの中でつながって見えてくるのではないでしょうか。

社長を目指す人に考えてほしいこと

社会環境経営は、会社に余裕ができたら考える追加の活動ではありません。何を仕入れ、どうつくり、人にどう働いてもらい、何を顧客に届けるかという、日々の経営のあり方に関わります。

すべての課題に一度に取り組むことはできません。だからこそ、自社の事業が何に支えられ、誰にどのような影響を与えているかを捉え、重要な課題から改善していく必要があります。報告するために測るだけでなく、測った情報を経営に生かすことも大切です。

会社の利益と、環境や社会の持続可能性は、別々に考えるものではありません。会社が長く事業を続けるためには、その事業を支える人や社会、自然環境もまた、持続可能である必要があります。自社の成長と、環境や社会の将来をどのように両立させていくのか。それを考えることも、社長の重要な仕事です。

公式テキスト第5章を、ぜひ、会社の利益と社会の持続可能性を結びつけて考えるための視野と判断力を育てるために読んでみてください。