第6章「経営管理の実践」をもう少し深く学ぶ
―学んだ知識を、自分の会社の判断にどう結びつけるのか―

経営について知っていることと、自分の会社を経営できることは、同じではありません。知識を得ても、それを自社の現状に照らし、これから何をするかという判断につなげられなければ、会社の動きは変わらないからです。

第1章から第5章では、経営、人事・労務、リスク、会計・財務、社会環境経営を学んできました。最終章となる第6章「経営管理の実践」は、それらの知識を、自分の会社を捉え、将来を考え、行動するために使う章です。

扱うのは、「中期経営計画とPDCA管理の実際」「ローカルベンチマークの作成」「経営デザインシートの作成」の3つです。いずれも、書類を完成させるだけで役目を終えるものではありません。取り組む過程で、自社について何を理解し、どのような判断ができるようになるかが大切です。

このページでは、それぞれの作成方法や計算の説明は公式テキストに委ね、「なぜ、社長はこれらを学び、自分で使える力を身につける必要があるのか」という問いから、第6章を読むための「見取り図」を描いてみたいと思います。

中期経営計画は、将来の姿と今日の判断をつなぐ

社長には、会社をどこへ向かわせたいかという思いがあります。しかし、目指す姿を語るだけでは、日々の判断の基準にはなりません。人を採用するのか、設備に投資するのか、どの事業に力を注ぐのか。限られた人とお金をどう使うかを決めるには、将来の構想と現在の経営をつなぐ必要があります。

経営管理研究者のロバート・N・アンソニー(Robert N. Anthony)は、企業の管理活動を、長期的な方向を定める「戦略的計画(strategic planning)」、その戦略を実現するために経営資源を効果的・効率的に活用する「マネジメント・コントロール(management control)」、日々の具体的な仕事を遂行する「オペレーショナル・コントロール(operational control)」という三つのレベルから整理しました。



Robert N. Anthony

この考え方に照らせば、中期経営計画は、将来の構想と日々の経営をつなぐための重要な道具として捉えることができます。戦略を考えるだけでも、日々の仕事を管理するだけでも会社は動きません。目標を実現するために、どの事業に力を入れ、どのような人材や設備が必要で、どれだけの利益や資金を確保しなければならないのかを考える必要があります。そうすることで初めて、何を優先し、どこに無理があり、何を変える必要があるのかが見えてきます。

第4章では、社長が数字を把握する重要性を考えました。第6章では、その数字を使って、自分の構想が実行できるものかを確かめます。そして、計画と現実が違えば、その理由を考え、次の行動を修正します。中期経営計画とPDCA管理を学ぶ意味は、将来を予言することではなく、将来について考え、行動し、現実から学びながら経営を修正できるようになることにあります。

数字を作る作業に専門家の助けを借りても、その数字が何を意味し、その見通しに基づいて会社をどう動かすかを判断するのは、社長自身の仕事なのです。

ローカルベンチマークで、自社の現在地を知る

自分の会社のことは、自分が一番よく分かっている。社長であれば、そう思うかもしれません。しかし、長く続けてきた仕事ほど、その会社ならではの強みが「当たり前」になり、自分では気づきにくくなることがあります。

ローカルベンチマークは、財務情報だけでなく、経営者の考え方、事業の強み、顧客や取引先との関係などの非財務情報にも目を向けます。数字だけを見ても、「なぜ顧客に選ばれているのか」「会社の強みはどこから生まれているのか」は十分には分かりません。一方、強みを語るだけでは、それが実際の業績にどう結びついているのかを確かめられません。財務と非財務の両方から会社を見ることで、自社の現在地を立体的に捉えることができます。

こうした見方の理論的な背景には、企業を単なる設備や資金の集まりではなく、さまざまな経営資源の集合として捉える考え方があります。エディス・ペンローズ(Edith Penrose)の企業成長論は、企業が持つ資源と、それをどのように利用するかが企業の成長に関わることを示し、その後の資源ベース論につながる重要な源流となりました。さらに、ジェイ・B・バルニー(Jay B. Barney)らは、企業が持つ資源の違いから持続的な競争優位を説明する資源ベース論を発展させました。

     

Edith Penrose            Jay B. Barney

会社の強みは、設備や特許のように目に見えやすいものだけではありません。社員が蓄積してきた経験、顧客との信頼、仕事の進め方、取引先との関係なども、他社には簡単にまねのできない経営資源になることがあります。財務情報だけでは捉えにくいこうした資源にも目を向けることで、「自社には何があり、それがどのように強みを生み出しているのか」を考えることができます。

第1章で考えた「会社の内には何があるのか」という問いが、ここで自分の会社への問いとして戻ってくるのです。

また、ローカルベンチマークは、経営者が一人で記入して終わるものではありません。社員や金融機関、支援者などとの対話に使うことで、自分では当たり前だと思っていた強みに気づいたり、会社を見る立場による認識の違いが見えてきたりします。

大切なのは、よい点数を取ることではありません。「自社はいま、どこにいるのか」「何が強みなのか」「どこに課題があるのか」を、数字と対話の両方を通じて考えることなのです。

経営デザインシートで、現在から未来への道筋を描く

自社の現在地が分かったら、次に考えたいのは、「これから、どのような会社になりたいのか」という問いです。

これまで会社を支えてきた商品や仕事の進め方が、これからも同じように価値を持つとは限りません。顧客が求めるものや事業を取り巻く環境が変われば、過去の成功の延長だけでは将来の道筋を描けなくなることがあります。経営デザインシートを学ぶ意味は、自社がこれまで生み出してきた価値や独自の資産を理解したうえで、これからどのような価値を生み出したいのかを構想できるようになることにあります。

その際には、設備や資金といった目に見えるものだけでなく、人の経験、知識、技術、顧客との信頼といった目に見えにくい無形資産や知的資産にも目を向ける必要があります。

先ほど登場したペンローズの企業成長論も、企業が持つ資源と、それをどのように利用するかが企業の成長可能性に関わることを示しています。大切なのは、何を持っているかだけではありません。それを、これからどのように使えば新しい価値を生み出せるかを考えることです。自社が持つものを正しく認識することは、未来の可能性を考える出発点になります。

しかし、将来を考える方法は、現在の事業をそのまま未来へ延長することだけではありません。まず「将来、どのような会社になっていたいのか」「どのような価値を生み出していたいのか」という未来の姿を描き、そこから現在へさかのぼって、何をしなければならないかを考える方法もあります。こうした考え方は、バックキャスティング(backcasting)と呼ばれます。

経営デザインシートにも、この発想と重なるところがあります。現在の事業の延長だけから未来を考えるのではなく、将来どのような価値を生み出したいのかを考え、そこから現在の経営資源や課題を見直していくのです。

どれほど魅力的な将来の姿を描いても、現在との隔たりが分からなければ、具体的な行動にはつながりません。

第1章でも登場したH・イゴール・アンゾフ(H. Igor Ansoff)は、企業が将来の方向を考えるうえで、成長の方向と、それを実現するための戦略的な意思決定の重要性を示しました。



H. Igor Ansoff

第1章では、「会社をどこへ向かわせるのか」という問題として戦略を考えました。第6章では、その問いを自分の会社に向けます。今ある強みをどう生かすのか。何が足りないのか。何を新たに育てる必要があるのか。未来を構想することは、現在の人やお金の使い方、事業の進め方を問い直すことでもあるのです。

そして、その方向性は社長の頭の中にとどまっていては、会社全体の行動にはなりません。会社は何を目指し、そのために今日の仕事がどのような意味を持つのか。社長がその筋道を示し、自らの言葉で伝えることができれば、社員も自分の仕事と会社の将来とのつながりを理解しやすくなります。

経営デザインシートは、きれいな未来図を作るためのものではありません。「いまの会社」から「これからの会社」へ、何を残し、何を変え、何を新しくつくるのかを考えるための道具なのです。

三つの道具を、経営判断につなげる

中期経営計画、ローカルベンチマーク、経営デザインシートは、それぞれ別の書類です。しかし、社長の立場から見れば、三つはつながっています。

ローカルベンチマークを使えば、「自社はいまどこにいて、何が強みで、何が課題なのか」を考えることができます。経営デザインシートを使えば、「その強みを生かして、これからどのような価値を生み出したいのか」を考えることができます。そして中期経営計画では、「その未来へ近づくために、いつまでに何をし、人とお金をどう使うのか」を具体化します。

大切なのは、三つの書類を完成させることではありません。自社を見る。未来を描く。行動を決める。そして、実際の結果から学び、もう一度考え直す。この循環を経営の中につくることです。

第1章で学んだ戦略、第2章で考えた人材、第3章で学んだリスク、第4章で考えた利益と資金、第5章で広げた環境や社会への視点も、ここで一つにつながります。未来を描けば、それを実現する人が必要になります。新しいことに取り組めば、リスクも生まれます。人や設備を増やせば、資金が必要になります。そして、その事業が社会や環境とどのような関係を持つのかも考えなければなりません。

つまり、第6章で行うのは、第1章から第5章までの知識をもう一度覚えることではありません。それらを使って、「では、自分の会社ではどうするのか」を考えることなのです。

経験や直感も、経営にとって大切です。しかし、その判断の理由を言葉や数字で説明できれば、社員や金融機関、専門家などと共有し、別の視点から確かめることができます。そこで新しいことに気づけば、判断を修正することもできます。

外部の専門家に、数字の整理や書類の作成を手伝ってもらうことはできます。しかし、自社の何を強みと考え、どのような未来を目指し、そのために何を優先するのかを決めることは、社長自身の仕事です。

第6章の「理解への見取り図」

第6章で学ぶ三つの道具を、経営者が自社について考える流れとして整理すると、次のようなつながりが見えてきます。

これまで学んだ経営の知識
↓
自社はいま、どこにいるのか
(ローカルベンチマーク)
↓
何が強みで、何が課題なのか
(財務情報・非財務情報)
↓
これから、どのような価値を生み出したいのか
(経営デザインシート)
↓
その未来へ、どのように近づくのか
(中期経営計画)
↓
考えたことを、社内外と共有できるか
(対話・説明)
↓
計画を実行し、現実との違いから学べるか
(PDCA管理)
↓
次の経営判断へ

この流れは、一度進めば終わるものではありません。計画を実行すれば、新しい結果が生まれます。顧客や従業員、取引先との対話から、新しい情報も得られます。環境が変われば、会社の強みの意味も変わるかもしれません。

そのたびに現在地を確かめ、未来を描き直し、計画を修正する。こうして経営の循環を回し続けることで、学んだ知識は、自社の現在地を確認し、未来へ向けた具体的な意思決定を行うための力へ変わっていきます。

社長を目指す人に考えてほしいこと

あなたは、自分の会社について、「今、どのような状態にあるのか」「なぜ顧客に選ばれているのか」「これから、どのような価値を生み出したいのか」を、つながりのある言葉で説明できるでしょうか。

そして、その説明は、日々の判断や、人とお金の使い方に結びついているでしょうか。計画や見通しと現実が違ったとき、その違いから学び、次の行動を変えられるでしょうか。

公式テキストの最後に実践が置かれていることには、意味があります。学んだことを自社に当てはめてみると、理解が曖昧だったところや、まだ把握できていないことが見えてきます。そして、新たに生まれた問いが、もう一度、戦略、人材、リスク、会計・財務、社会や環境について考えるきっかけになります。

経営について学ぶことに、終わりはありません。会社も、顧客も、働く人も、社会も変わり続けるからです。

知識を覚えることから、自分の会社を考えることへ。そして、考えたことを行動に移し、その結果からもう一度学ぶことへ。この循環を続けることが、学んだ知識を経営の力へ変えていくのです。